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色あそび

出会った物語を心に残したい時には

“色あそび”をします。

有りものの布や紙を組み合わせて写真を撮ったり

100均絵の具を板の上で混ぜてみたり。

昨日は北欧民族の服のイメージが楽しくて

少し写真を拝借してデジタル遊びしました。

こうして私は安く作られてるみたいです。

世界は何気なく美しいもので出来ている

見つけ出すと”私にとって美しい”

と思えるものは少なくないと思う。

それが貴方に取って”そう”かどうかは別。

それぞれでいい。

ただ、結構それは見逃しがちだったりして。

少しだけ心に隙間を作っておかないと

逃がしてしまう事が多いらしいぞ。

フランスの素敵なじいさん

落ち着いた街巡り番組で

素敵なじいさんを見ました。

30年以上フランス地方都市の路上の同じ場所で

街の風景を絵にして生活しているじいさん。

彼の言葉が至極の言葉。

「もう私が街の風景になっている」

力が抜けた素敵さ。

“私に本当に必要で無いものは持たない”

人は自分が出来なかったものに憧れるけれど

どれだけ私は余分なものを持って生きてきたのか

そろそろ”ガチャガチャした余分なもの”は捨てて

大事な”余分”なものだけ残そうと。

見えそうで見えないもの

眩しすぎる光の中の白い”かすみ草”。

とか色々。

一番は大袈裟でなくて生きていく事。

実はうっすらと次の状況が見えていたのに

気がつかないフリをしていたり

見えていたものが違っていたり

実に忙しい。

まだ居ました。

以前にも登場した中国泥人形。

実家を片付けた時は目に入らなかったのに

探しものをしていて新品を見つけました。

まだ居たのですね。あなた達。

まだ中国が急激に成長が始める前の時期のもの。

どんな人達がどんな所で作っていたのでしょう。

最近こういうものを見ると想像するのが楽しい。

・・・と言うか、やっと想像できるようになった

・・・・・・が正しいのでしょうか。

・・・・・・・・・これもあれも。

詳しくなりたくない

もちろん写真を撮った私は知っていますが

写真だけ見ても普通は朝日なのか夕日なのか

分からないと思います。

ただ、中学か高校あたり真面目に勉強した方には

予想できる程度でしょう。

でも、もう分からなくて良いです。私には。

こうした類いのこと。

生活に重大な影響が無ければ正確な情報を

“あからさ”まにしなくても良いと思っています。

いつも想像できる心のスペースを

残しておきたいのです。

そんなに器用ではないので。

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